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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)18号 判決

原告 東郷民安

被告 国税不服審判所長

代理人 鈴木芳夫 竹本廣一 ほか一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が昭和四九年一一月一八日付東裁(諸)四九第四五六号、同第四五七号、同第四五八号、同第四六〇号、同第四六四号をもつてした原告の審査請求を却下する旨の各裁決をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  東京国税局職員は、原告の所得税徴収のため、原告に対し、別表第一ないし第五記載のとおりの保全差押又は差押処分をした(以下、一括して「本件各差押処分」という。)。

2  ところで、別表第一ないし第三記載の各差押えにかかる物件は訴外岡崎真雄(以下、「訴外岡崎」という。)所有の、別表第四記載の差押えにかかる物件は訴外殖産住宅相互株式会社(以下、「訴外会社」という。)所有の、また、別表第五記載の差押えにかかる物件は訴外衣笠元治外七名所有の物件であつて、いずれも原告の所有するものではない。

3  そこで、原告は、その取消しを求めるため、別表第一ないし第五記載の各経過で、被告に対しそれぞれ審査請求をしたところ、被告は、昭和四九年一一月二一日、いずれも概ね次の理由により原告の各審査請求を却下する旨の各裁決をした(以下、「本件各裁決」という。)。

「(一) 仮に請求人主張のとおり当該財産が請求人の所有に属していないとしても、当該処分によつて権利又は利益を侵害される者は当該財産の真正の所有権者であつて、請求人は、当該処分によつて何らの権利又は利益の侵害を受けるものではない。

(二) また、本件審査請求が民法四二三条の規定に基づき当該財産の真正の所有権者に代位してなされたものであるとしても、行政法上の権利は同条一項ただし書に規定する一身専属権に比すべきものであることからして代位の対象とはならない。」

4  しかしながら、本件各裁決は、次のとおり違法であるから、いずれも取り消されるべきである。

(一) 本件各差押処分はそれぞれの差押物件を原告の所有と認定して行われたものであり、原告はその所有権の帰属を争つているのであるから、その点につき実体判断を求める利益を有するというべきである。

(二) また、原告は、昭和四八年二月初めごろ、訴外岡崎に対し。同人が訴外会社の株式七万六〇〇〇株(別表第三記載の差押物件)を購入するための資金として一億六四四〇万円を弁済期昭和四八年六月一日と定めて貸与し、その担保として右株式七万六〇〇〇株について質権の設定を受けていたものであるから、少なくとも右株式に対する別表第三記載の差押処分については、右質権を侵害されたものとして不服申立てをする利益ないし適格があるというべきである。

なお、右質権侵害の点は、審査請求の段階で被告に提出した原告の昭和四九年六月二二日付陳述書(<証拠略>)において詳細かつ明確に主張しているところであるが、仮に、右陳述書によつてはその点の主張があいまいであるとしても、ある程度の主張がなされているのに何らの審理もすることなく却下の裁決をしたことは、審理不尽の違法を免れない。

(三) 仮に、右(一)、(二)の主張が認められないとしても、別表第一ないし第三記載の各差押処分についての本件各審査請求は、それぞれの差押えにかかる物件の所有者である訴外岡崎に対して前記(二)の貸金債権を有する原告が同人に代位して適法な異議申立手続を経たうえでしたものであり、行政処分に関する異議申立て、審査請求も債権者代位権の対象となるべきであるから、右各審査請求は適法である。けだし、債権者代位権の対象となる債務者の権利は、それが一身専属権でない限り、公法上の権利であつても差し支えなく、また、差押処分について行政庁に対し不服申立てをする権利が一身専属権に当たると解すべき根拠もないからである。

なお、仮に右審査請求に先立つ原告の異議申立てが訴外岡崎に代位してしたものとは認められないとしても、国民の権利、利益の救済を図ることを目的とする不服申立制度の趣旨等に照らせば、債権者代位による審査請求は被代位者につき異議申立てがされていなくてもできると解すべきであるし、また、被告は本件裁決において訴外岡崎の異議申立手続の前置を欠く点について何ら問題としなかつたのであるから、右瑕疵は既に治癒されたというべきである。

(四) 以上のとおり、原告には本件各差押処分について審査請求をする利益ないし適格があるのであるから、これがないとして原告の各審査請求を却下した本件各裁決は違法というべきである。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1及び3の事実は認めるが、同2及び4は争う。

2  原告には不服申立ての利益ないし適格がないとして本件各審査請求を却下した本件各裁決は、次に述べるとおり適法である。

(一) 国税に関する処分に対して不服申立てをすることができる者は、当該処分によつて直接自己の権利又は法律上の利益を侵害された者に限られることは、国税通則法七五条一、二項の解釈上明らかである。

原告は、本件各審査請求において、本件各差押処分がいずれも第三者所有の物件を原告の所有と誤認して差し押えたものであると主張して、それらの取消しを求めたものであるが、右不服申立ての理由によれば、本件各差押処分によつて権利又は法律上の利益を侵害された者は、当該物件の所有者である第三者あるいは同物件上に権利を有する第三者であると解すべきところ、原告はそのいずれにも該当せず、したがつて右各処分の取消しを求めるにつき不服申立ての利益を欠くというべきである。

(二) 原告は、本訴において別表第三記載の差押物件につき質権を有する旨主張するが、かかる主張は、本訴において初めてされたもので、審査請求の段階では何ら主張されていなかつたのであるから、このことをもつて、本件各裁決を違法ということはできない。なるほど、原告の昭和四九年六月二二日付陳述書には、「貸金債権担保のため」という記載もあるが、それは、差押えにかかる物件が自己の所有に帰属しないことの事情を説明するためのものであつて、原告が同物件について質権を有することを主張しているものではないことは明らかである。

また、原告は、審理不尽の違法を主張するが、審査庁が職権による探知をすることなしに、申立人の不服申立事項についてのみ審理し裁決をしても、何ら違法とはいえない。

なお、仮に、原告がその主張のとおりの質権を有しているとしても、それは単に質権の被担保債権の差押手続によるべきところを所有物の差押手続によつたという手続上の違法の問題を生ずるだけであるから、かかる手続違背によつて原告の権利、利益が侵害される特段の事情がない以上、当該差押処分の取消しを求める利益があることにはならない。

(三) 原告は、別表第一ないし第三記載の各差押処分についての本件各審査請求は民法四二三条の規定に基づくものであるから適法であるとも主張する。

しかし、民法四二三条の債権者代位権の対象は、原則として私法上の財産権あるいはその実現のための訴訟上の権利に限られるべきであつて、行政処分に対する不服申立権はその対象にならないというべきである。けだし、行政処分については、当該処分に対して不服申立ての利益を有する者に限り、不服申立てができることとされているのであり、不服申立てをするか否かは、専ら右不服申立ての利益を有する者の選択に委ねられるべき性質のものであつて、行政上の不服申立権は、いわゆる行使上の一身専属権というべきものだからである。したがつて、行政上の不服申立ての一種である本件各差押処分に対する審査請求についても、原告が債務者に代位してこれを行うことは許されない。

仮に、差押処分に対する審査請求が債権者代位権の行使の対象になりうるとしても、本件において原告が訴外岡崎に代位してした各審査請求は、その前提となる訴訟岡崎の異議申立権の行使を欠いているから不適法であつて却下を免れない。

第三証拠関係 <略>

理由

一  請求原因1及び3の事実はいずれも当事者間に争いがない。そこで、以下、本件各裁決の適否について検討する。

二  国税に関する法律に基づく処分に不服がある者は、異議申立て又は審査請求をすることができることとされている(国税通則法七五条一、二項)が右の「不服がある者」とは、当該処分に対し不服申立てをする法律上の利益を有する者、すなわち、当該処分によつて直接自己の権利又は法的利益が侵害されている者をいうと解すべきである。

しかるに、原告は、本件各審査請求において、本件各差押物件はいずれも第三者の所有にかかるものであつて、原告の所有物ではないと主張しているのであるから、その限りにおいては、原告が右各差押処分の適否を争つて不服申立てをする法律上の利益を有しないことは明らかである。

三  原告は、別表第三記載の差押処分については、当該差押えにかかる物件(訴外会社の株式七万六〇〇〇株)につき質権を有しているから、審査請求をする利益ないし適格があると主張する。

しかしながら、<証拠略>によれば、原告は、右差押処分に対する審査請求の手続においては、終始一貫して、差押えにかかる右株式七万六〇〇〇株の所有者が原告ではなく訴外岡崎であり、右差押処分は物件の所有者を誤認したものであるから違法である旨主張しているだけであつて、本訴で主張するような質権の存在ないしその侵害については、自己の審査請求資格を基礎づける事実としては何ら具体的に主張していなかつたことが認められる。もつとも、原告が被告に提出した昭和四九年六月二二日付陳述書(前掲)には、右株式七万六〇〇〇株は訴外岡崎が原告から借り入れた一億六四四〇万円の資金によつて購入したもので、これを同人に対する原告の右貸金債権の担保のために訴外新日本証券株式会社が保管していたものである旨の記述部分があるが、陳述書全体の内容に照らすと、右記述は、結局のところ、右株式が訴外岡崎の所有であつて、原告の所有するものではないことの事情を説明するために、右株式に関する原告と訴外岡崎の関係を述べているにすぎないと解するほかないのであるから、右記述があることをもつて、原告が右株式についての質権者たる資格により本件審査請求をしているものと見ることはできない。

ところで、国税に関する処分についての審査請求は、請求の趣旨及び理由等を記載した書面を提出してしなければならず、右理由の記載は、原処分の理由に対する請求人の主張を明らかにするものでなければならないこととされている(国税通則法八七条一、三項)。したがつて、既に見たように、原告の審査請求の理由が差押えにかかる物件の所有者でないという点にあり、前記の記述をもつてしても質権を主張するものとは解されない以上、本訴において右質権を有することを理由に審査請求適格があるとする原告の主張は失当というほかなく、また、審査手続の審理不尽をいう原告の主張も理由がない。

四  次に、原告は、別表第一ないし第三記載の差押処分に対する審査請求につき、民法四二三条による債権者代位権の行使としてこれを適法と認めるべきであると主張する。

ところで、国税局職員のした差押処分についての審査請求は、国税局長に対する適法な異議申立てを経たうえでするか(国税通則法七五条一項二号イ、三項、六項)、又はこれを経ないで処分があつたことを知つた日の翌日から起算して二月以内にするか(同法七五条一項二号ロ、七七条一項、六項)のいずれかによることが必要である。しかるに、<証拠略>によれば、本件において、訴外岡崎自身は国税局長に対し異議申立てをしていないこと並びに原告が自己の名でした異議申立ては訴外岡崎に代位してする趣旨を含むものではなかつたことは明らかであり(<証拠略>の異議申立(審査請求)補充書には、原告のした異議申立てが訴外岡崎に代位したものでもある旨記載されているが、右書面は、原告の右異議申立てに対する国税局長の決定後に原告から被告に対して提出されたものであつて、これにより先の異議申立ての趣旨についての解釈を動かすことはできない。)、また、弁論の全趣旨によれば、別表第一ないし第三記載の差押処分につき原告のした本件各審査請求は、訴外岡崎において処分を知つた日の翌日から起算して二か月を経過したのちにされたものであることが認められる。そうすると、訴外岡崎は適法な審査請求をすることができなくなつていたものというほかないから、原告が同人を代位してする審査請求もまた不適法というべきである。

なお、原告は、不服申立制度の趣旨等に照らせば、訴外岡崎につき異議申立てがされていなくても代位による審査請求をすることができる旨主張するが、このように解すべき根拠はなく、また、本件裁決が同人の異議申立前置を欠く点について何ら問題としなかつたからといつて、右前置を欠く瑕疵が治癒されたとすることもできない。

したがつて、行政上の不服申立権が一般的に債権者代位権の対象となりうるか否かの点を論ずるまでもなく、右代位による審査請求を認めなかつた本件裁決の結論は正当である。

五  以上のとおりであつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 八丹義人 佐藤久夫)

別表第一ないし第五 <略>

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